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都築 幹彦(つづき みきひこ)

1929年東京都生まれ

元ヤマト運輸株式会社取締役社長

学歴
慶應義塾大学経済学部卒業
講演可能地域
全国
主な講演テーマ
「どん底から生まれた宅急便」~いまその事実を語る~
「経営革新とリーダーシップ」~クロネコヤマトの実践から~
「経営環境の変化にどう対応するか」     「お客(市民)の立場に立って考えよう」
「常に問題意識を持って発想の転換を」    「どん底から始まった改革」
「不況時のいま、経営者の役割は何か」    「信頼こそ商品である」
「新規事業、成功と失敗の要因」       「危機と成長」
「不況の時こそ、チャンス」         「潰れる会社、生き残っていく会社」
「革新のための規制との戦い」        「常識ほど当てにならないものはない」
「新しい需要創造とビジネスチャンス」    「発想の転換で組織を変える」
*副題として(~宅急便で学んだこと~)(~クロネコヤマトの実践から~)
主な著書
「どん底から生まれた宅急便」(日本経済新聞出版社)
経歴
1950年大和運輸(現ヤマト運輸)に入社。以後、運輸畑ひと筋を歩む。
1957年路線部営業課長、支店長を経て取締役路線部長、1975年常務取締役営業本部長、1983年代表取締役専務、1987年代表取締役社長(3代目)に就任する。1991年会長、相談役をつとめ、1995年に小倉氏と共にヤマト運輸を退く。

1976年2代目小倉社長の右腕として、宅急便に反対する取締役会や猛反発する労働組合に業績がどん底であり、先が見えない状況を説明して説得を図った。
国営の郵便局に対抗して、当時の業界常識を破って市民の小荷物を運ぶ「クロネコヤマトの宅急便」を発想し開発した。
新規事業は「道なき道」を切り開くので厳しかった。
経営の革新を図るのが難しいのは、常に新しいことに反対する社内の厚い壁があって、これを壊さないと会社は変わらないことを学んだ。

目標とした全国翌日配達を実現するために、許認可問題等で運輸省に対し、強硬に折衝しながら規制を打ち破り、15年かかってやっと47都道府県の運送免許を所得した。
それによって全国のネットワークシステムの基礎を作り上げることができた。
また郵政省は増加していく宅急便を抑えるために、自らのサービスを改善せず、宅急便は郵便法に違反していると警告書を頻発してきたために郵政省との争いも熾烈を極めた。

宅急便の取り扱い数量は、新規事業であったため初日はたったの11個しか集まらなかったが、国営の郵便小包より信頼されつ宅急便を目指した結果、2013年度は15億個を超し、ゆうパックを大きく引き離している。
常にお客さまの立場に立ったサービスを考え、時代のニーズに合った企画を次々と開発した。

1990年に大ヒットしたアニメ映画「魔女の宅急便」の製作も手掛けた。
趣味はマジックで、東京アマチュア・マジッシャンズクラブの第17代会長を14期つとめた。
最近は演じる人が少なくなった和妻の芸を好んで演じている。 榎本健一の甥。

 

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