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白井 一幸(しらい かずゆき)

1961年香川県生まれ

北海道日本ハムファイターズコーチ
元プロ野球選手

学歴
駒沢大学卒業
講演可能地域
全国
主な講演テーマ
「これが“ファイターズ流”コーチングだ!~日本一のチームはどうやって作られたのか」
「コーチングで人を育てる~北海道日本ハム・ファイターズの挑戦」
「“連覇への夢”~人の伸ばし方と活かし方」
「チーム改革/コーチングで人を変える」
「コーチングによる人材育成」
「やる気を引き出すコーチング」
主な著書
『メンタル・コーチング/潜在能力を最高に発揮させるたったひとつの方法』
経歴
中学・高校・大学の全てで主将を務める。1983年のドラフトで日本ハムから1位指名。1984年の開幕戦ではパ・リーグ新人選手では唯一となる先発出場、初打席初安打の快挙。2年目頃から俊足を活かすため左打ちにも取り組んだ。当時はタブー視されていたウェートトレーニングを一早く取り入れ、長打力が増した入団4年目の1987年に全試合出場を果たし、7月8日の対近鉄戦で左右両打席による本塁打も記録している。しかし、翌1988年に足を骨折、1990年には肩を手術するが、1991年にはリーグ3位となる自身最高打率.311で最高出塁率とカムバック賞を受賞。以後は持病のヒザ痛の悪化などもあって出場機会が減少、1995年の秋季キャンプ中に戦力外通知をされオリックスへ移籍。翌1996年は13試合の出場に終わり、この年限りで引退。1997年から日本ハムの球団職員となり、米大リーグ・ヤンキースでのコーチ研修を経験。この頃にヒルマン監督と知り合う。2000年に二軍総合コーチ、2001年に二軍監督を経て、2003年からヘッドコーチとなる。英語が堪能でヒルマン監督に信頼をおかれ、参謀役として2006年に日本シリーズ優勝、2007年もリーグ優勝の栄冠を勝ち取る。2007年のヒルマン監督退団に伴い、要請されていたフロント入りを断り、外部から野球を見ることを理由に退団。
選手育成については、従来の指示命令・恫喝型指導から主体性を持たせる指導方法としてコーチングを導入。当時は二軍であった現在の主力選手の多くを育成した。

通算成績/1187試合出場・49本塁打・334打点・打率.246・1991年最高出塁率・1987年ベストナイン、ゴールデングラブ賞

 

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